2018年4月24日

身体と心の調え方 


 なんじゃもんじゃの花。@法堂跡

 横田南嶺老師が本日の僧堂攝心で提唱されたことをまとめてみました。

呼吸を調える、身体を調えるということだけでも、これができるようになるまでには、

本当に長いことかかるのもです。また、この攝心が終わったらなら、真向法などを

教えていきたいと思っています。

 私たちは、一般的に悪い姿勢の習慣がついていますから、腰を立てる、

腰が立つようになるには、本当に長い時間がかかります。ですから、

調えていくには、根気よく身体をほぐしていくことが重要で

続けていけば、自然と腰が立った状態が保てるようになります。

すると自然とおへその下、下腹部が充実する。

 しかし、どうしても、お腹に力を入れるというと、腹筋、筋肉に力を入れてしまったり、

胸が張ってしまったり、腰を過度に入れ過ぎてしまったりしてしまいます。

 理想なのは、おへその上、上腹部のあたりがふっと緩んだ状態で、それでいて腰が

立っている状態です。

 こういう風に姿勢を調えたら、次に呼吸を調えていく。『天台小止観』に説かれて

いるのは、風・喘・気・息です。

 風というのは、ハーハーと音のする息のこと。これは荒い呼吸です。

喘というのは、あえぐという意味ですが、風ほど大きな音はしないけれど、

まだ、呼吸の乱れがあるものです。気というのは、音もしない静かな呼吸と

なってくるのですが、しかし、もう一歩足りないという呼吸です。

風・喘・気のこの3つでは、まだ、ダメであって、最後が息となります。 

息というのは、音もなく乱れもない、荒くもなく、まるで、呼吸をしているのか

していないのかわからないような微かな呼吸です。

 それを昔の人は、鼻の頭に鳥の羽を置いて、それで呼吸をしても、

微動だにしないような呼吸と表現をしています。そのような、なめらかな

静かな呼吸に調えていく。

 その為には、いつも心を下の方に、臍下丹田に向けて集中していくことです。

呼吸が単に鼻から出入りするだけでなくして、まるで全身の毛穴から静かに

外に出て行ったり、入って来たりしている様子を静かに見つめていくような状態に

していく。そうして、心を調えていく。

 心を調えようとすると、惛沈(こんちん)掉挙(じょうこ)と言いまして、

心が沈んできたり、または、逆に浮ついて来たりします。惛沈の時は、

気持ちを上に上げる。鼻の頭に意識を持っていく。一方、いろいろなことが

思い浮かんでしょうがないとうような掉挙の時は、おへその下に意識を

持っていく。

 また、寛といって緩んでしまう、だらっとしてしまう時には、なお、

姿勢を意識して調えていき、特にお尻をきゅっと引き締めて坐る。

 そのように段々と呼吸を調えて心を平静にしていく。

 次の段階では、心をおさめる、調えるだけではなくして、今度は、

さらに一歩進んで、善い欲を起こしていく。単に欲を離れるとか、

心をおさめようとするだけだと消極的になるので、善い欲を持つようにする。

 善い欲とは、「一生懸命、修行をしていこう」や「少しでも良い禅定に入れる

ように」「少しでも善い人間なれるように」のような欲で、こういう善い欲を

かき立ていく。

 そして、精進、努力をやめない。それから、念と言って、常に思うことが大事です。

姿勢を調えるとか呼吸を調えることを常に意識して、意識から外れないようにしていく。

 それから、その次には、正しい智慧を保っていく。二度と再び五欲を追うような

愚かな生き方には戻らない。何が正しくて、何が愚かであるか、何が賢明な生き方で

あるのかということを常に智慧を持って判断して見失わないようにしていく。

 そうして、最後が一心です。心を一心に定めて動ずることがない状態にして

禅定に入っていく。

 善い欲を持つ、精進努力、意識して忘れない念、智慧を持つ、一心につとめる

という五つの法によって、さらに深い禅定へと入っていく努力をしていくことが

大切です。

{平成30年4月24日 横田南嶺老師「武渓集提唱」}

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