2010年9月11日

提唱 無門関23則

 9月11日(土)
 老師が土曜坐禅会で提唱されたことをまとめてみました。
  私の心は、もともと本来清らかであった!
 このことに本当に気がついて納得がいった。
 頭も剃っていない坊さんでもない青年が、この一つのこと、事実に気づいたことで
だるま様から第6代の法(おしえ)を継承した。
 お経が読めるとか礼儀作法がしっかりしていることも大事だが
自分の心の本来はどういうものか?
それは、本来清らかであるという本質に気づく方がはるかに大切だ。
 金剛經は、繰り返し「無我」を説く。
これが自分のもの、これが自分の身体というものはどこにもありはしない。
一度徹底的に坐禅をして、さがしさがしさがし抜いたときに
これが自分だなんてものはどこにもないと気づくことが重要。
 この島が無人島とわかるには、隅から隅まで徹底してさがすしかない。
とことんまでさがし抜くしかない。
誰かいると思うと不安でビクビクしていなければならないが
この島には何にも誰もいないと気づいたとき
 
無人島が我が家になる!そこのあるものは全部自分のもの!
 心もそう。
自分らしいものがごそごそしているように思えるが
それがいったいどこにあるのか徹底的にさがしてみると
自分らしいものなんてどこにもないんだと気づく。
「己なきとき、己ならざるはなし。」
 大千世界 我が家!
 この世界全部 我が家なんだ!
(後記)土曜坐禅会が1ヶ月ぶりに再開しました。
    一部39名二部54名と大勢の方が参加されました。
 
     なお、明日は日曜説教を掲載する予定です。
 

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